昭和46年02月06日 夜の御理解
皆さん呼吸が合わないと言う事ほど、どんなに素晴らしい、例えばことであっても、呼吸があわないぐらい嫌な感じのことはない。御理解をこう頂くという、つん頭を( ? )から、こっち向いてなかったら、そのボタンいっちょ押すことができん。私がここで、まぁお話を始めようとすることが、感じでわかるから、いいですかとこう、目と目でこう通じ合うような感じ。そしてそれがベルが押される。
私のお話が始まると(?)もなからなければ、ほらほらちいうちから、言うちからそしてから御理解では、もう一番初めから何か呼吸が合わないね、お話をさせて頂く者又それを頂く者の呼吸がピッタリしとる中にです、何ともいえん有り難いそのう一つのハーモニーとでも言うかね、そういう素晴らしい調子がでてくるのであり、そこから本当に話して有難い、聞いて又尚有難いと言う様な雰囲気が生まれてくるのですよね。
だからここへんのところのタイミングと言う様なものを、いつも自分の心の中に願っとかなきゃならん。2、3日前に、朝の御祈念に、黄揚会の方たちが朝参りを始めておった。福岡からも、中村さんのところの長男の徹美くんと、それから高芝さんのところの一番下の盛明君とが、一緒にあちらで福岡の方へおりますもんですから、話し合ってまぁあちらの車で毎朝お参りをしてきよった。
ところがこの頃あの、雪の朝のことでございますから、帰りがけにスリップしてから、何か3メートルか、何メートル下の方へ落ち込んで、まぁおかげ頂いてまぁ怪我はしなかったコブども出した位の事だったらしいけれど、それからあのその午後に、すぐ日田の方からお父さんの高芝さんがお参りしてきまして、「先生、今日から今日は盛明から電話がかかってきました」ち。
「お父さん、僕達は朝参りを始めさせて頂いて、神様参りをしよるとに、どうして僕の車は落ち込むやろうかね」ちゆうちから、電話で言うてきたち。親先生にお届けしといてくれという、まぁ聞いてくれということだったらしいですよね。どうでしょうか。ちょうどその朝でした、福岡の高橋さんが、あちらから2時間かかってやって来たと、まぁスリップしないように、ゆっくりゆっくりやってきた。
それをスイスイとあの人の車が追い越してから、あぁ滑らなえぇがなぁと思うて、したらあの人達は無事に、そのかわり朝のご理解に間におうた。高橋さんは間に合わなかったね、けれどもそのお届けがあった日であった、帰りもやっぱスイスイとそして、他の車まぁ追い越すような勢いで、帰りよったに違いないというのがまだ若いですからそして落ち込んだ。そしてどうしてじゃろうかち(笑い)まぁそこんところはですね、信心のない者、または信心のうすい者がそれでも皆いちお疑問にするとこですよね。
お神様にお参りしよって、だからお参りしよって、だから問題はね、お参りをしよっての事だから、おかげそれがどういう、んなら自動車が崩れしもうとったちゃですよね、まぁ例えていうなら怪我がでけてもです、おかげ頂いたと言う様な他にはないのです、実を言うたら。けれども実の事言うた所で、その人間みんな分からんですからね。そう言う様なお届けがあの、ありました時すね、高芝さんから。あの若い時弾きましょう、ギターちゆう、ギターをねあのギターをポーンと2つに割ったとこを頂いた。
あらと思ったら中にもう、もうそれこそこんなに高度な機械が中に入っとるじゃろうかち思う位に、中に高度な機械が入っとる所を頂いたね、例えばならギターをパンと割ってどうしてこげなよか音がでるじゃろうかというて割ってみて、私が御心願に頂く様な高度な機械が入っとる筈ないのですよ。中は空なんだ何もないのだ。ただ問題はゲンの張り方又は一つの音符なら音符というものによって、そのきちっとねその通りの事すれば、ああ言う様々な、んならメロディならメロディが流れてくるようになってるのです。
ああいう素晴らしい音色がでるが、中にはどういう仕掛けがしてあるじゃろうかちゆってから、中を割ってみたところでね、中は空だと言う事なんだ、信心さして頂きよって、どうしてこんな難儀なことが起こるじゃろうか、しかもお参りの帰りの途中に、「僕だんもう、折角まぁ朝参りだけ行って、仕事をとはおんでたのにもうそげなんことなら、もうお参りできん」という意味のことを含めてだったらしいんですよね。で親先生にたずねてくれと言う事だったけれど。
まぁ理屈で分からせようとすりゃ、分からせられんことはない、色々。そりゃあんた達が、いくらお参りだからというて、神ながら神様へ向かうておるからというて、雪の道をスピードだして来りゃ滑ることは当たり前ね、それでも神様にお祈りをしお願いをさせて頂き頂き、やはり一つの法というかね、それを守っていかなければならないと同時にです、用心しなければいけないことは、分かりきったこと。
そこでね私信心とはどう言う事かというとね、まぁそのそのギターならギターを、というものを持ってですたいね、例えば、稽古の積んだ人、稽古のうすい人、全然稽古のない人、そのけいこによって中から、どういう例えば、名曲でも弾きこなせる、良い音色がでてくるような、おかげを頂いていくことが信心なんだ。信心の稽古ちゆうのはそうなんだ。一つの問題でも、もう信心しよって、どうしてこんな事が起こったちゃろうかて言うて、腹立てる人もう俺は信心なせんちゆうて止める人。
もう本当に信心さして頂いておったおかげでと、それこそもうそれこそ有りがた涙を流してお礼を申し上げる人、同じ事柄にね、そこでここで思われることが、先日の甘木の信心研修会の時に、平田さんと、あちらの総代の青井さんがいわれたというね、甘木の親先生が平田さんに仰った「平田さんて私が言う事が、今あんた達に分かるはずがない、黙ってハイというて就いて来い」といわしゃった。
もうそれ以外にないのだ信心とは。そして、10何年、20年ぶりに初めて、親先生が「ハイというて就いてこい」と言いござった意味が、今分かりかけてきたと言うておられるね、その為のなら姿勢としてはです、青井さんの姿勢、その信心姿勢というのが、夜夜中、教会からどういう御用を、例えば電話がかかってきて承ってもですね、もう私の身で出きることならばという姿勢で今日までおかげを頂いてまいりましたというて、ああいう大変有名なご信者さんであり、おかげも受けておられる。
平田さんにおいてもしかりである。言うことはないのである。だからねけれどもその、実を言うたら無いことはない、神様のそれこそ巧妙極まりのない、いわば機械が入っておるように、実は巧妙なのである。けれどもそれをね、説明して聞かせたというたところで、芯が薄い時には、分からないというだけのこと、そういう込み入ったきかいなら、私御神願に頂くようにね、実を言うたら、本当は割ってみたら中には何にもない、というだけのことなんだ。
私が今ようやく分かっていきよることが、あんたどんが分かるはずない、とにかくハイと言うて黙ってついて来いと仰ったという、平田さんに対する甘木の親先生のそこんにきですよね、信心とはねとにかく、いわば楽器のその音色を出していくと言う事が信心のおかげである。だからもう結局おかげは神から出ると思うな、我が心から出るのだと2代金光様が仰ったそれと同じことになるのだね、そしてそれをんなら理論づけるとか、理屈で本当に言い明かせれば明かす事は実はできるけれども。
いかに明かせたところで、それを受ける方の側が分からないと言う言を言ってるでは、あまりにも巧妙だから、微に入り細に亘っておるち思う、もうこれ以上のことはないのだから、神様の働きというものはね、だから私共が神様あの信心しよってどうしてじゃろうかと、神様のお心を知ろうということは、そりゃ大変な難しいこと。ただ黙ってハイと言うて、ついてきよりましたら、始めの方は嫌で嫌でたまりませんでしたけれど、始めの間はね、分かりませんでした。
それこそ泣く泣くついていきよりましたけれども、けれどもここには理屈ではないものが生まれてきた。良い音色というものがね、いわば有難うして有難うして、勿体のうして勿体のうしてと言った様な、いうならば心が、んならその有り難いとか勿体無いというのを割ってみたところで、みんなに分かるはずがないとね、これはその人その人が、んなら楽器なら楽器を奏じて、奏でて心深くね、
(途中末尾切)